中国人でも挫折する《小团圆》

《小团圆》を3分の2まで読みましたが、読むのを止めました。訳が分からないからです。

これまで原書を読んでいて、これほど理解できなかったことはなかったので、語学力の問題ではないことはわかりました。語学力の問題ではないということは、もしかしたら中国人でも挫折するのではないか?と思い、調べてみたところ、まさにその通りでした。

《小团圆》は、张爱玲が生前最後に書いた小説ですが、読んでいて、推敲を重ねて書かれたものとは到底思えません。人物の説明なしに、次々と色々な人物が登場し、早々から読者を置き去りにしていきます。著者の一生を綴ったもののようで、母親・叔母と恋人の描写にページが割かれており、特に母親と叔母に関する描写が大部分を占めます。

之壅は著者の恋人・胡兰成,久莉は张爱玲。之壅も半分あたりで唐突に登場します。ストーリーの前後関係は考慮されず、まるで著者だけが理解できる日記を読んでいるような気にさせられます。

张爱玲の作風がこういうものなのだろうかと思いましたが(そうであれば広く読まれるわけはないので、きっとそうではないと思いました)、これ以前の作品はもっとわかりやすいようで、この作品が例外のようです。

散文や、《倾城之恋》、《半生缘》から入るのがおすすめだとか。著者の作品を読み、経歴を十分に理解してから《小团圆》を読むと、なんとか理解できるそうです。それでもスムーズではないようですが。

《倾城之恋》と《半生缘》は持っていませんが、機会があればこちらから再挑戦してみます。

186ページで放棄! 

 

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2件のコメントがあります

  1. ねずみのチュー太郎は、数年前張愛玲研究家の池上貞子さんの講演会に参加したことがあります。
    その時、池上先生から「張愛玲が亡くなる前に遺書代わりに描いた小説があり、その小説が出版されれば、これまでのおとなしめの張愛玲観がひっくり返ってしまうかも知れない」とおっしゃっていたのを覚えています。
    死にそうになりながら子供を堕胎して、たらいが血で真っ赤に染まった話などは、どこまでがフィクションでどこまでが事実かは不明です。
    いずれにしても、自尊心が極めて強かった「最後の貴族」張愛玲は、胡蘭成によいように弄ばれていたのは間違いなさそうです。
    著者の言う「小团圆」ってどういう意味なのでしょうね。中国では普通は「大团圆」と言いますが、わざわざ「小团圆」というのは意味深長です。
    死ぬ前に、大嫌いだった人たちに対し思いっきり恨みつらみをぶつけて、証拠を残したことで溜飲を下げ、自分にとっての「小团圆」が叶ったと思ったのでしょうか。
    元々相続権のあった人が、この小説をわざと出版しなかったのは、張愛玲の本心がよく分かったから、彼女の名誉を守ろうとしたのではないかと、個人的に思いました。
    相続者の息子の代になってから、小説(著者の遺書?)が出版されたことは、張迷にとっては少なくともありがたいことだと思います。
    この小説の分析は張愛玲研究家や張迷に任せて、私たちはもっと気楽に楽しめる小説にどんどんチャレンジしましょう。

  2. Ayumi

    ねずみのチュー太郎さん
    私の知らなかった背景を詳細に解説してくださりありがとうございます!!なるほど、そうでしたか!
    堕胎のシーンは生々しい描写で、その他の理解しづらい人間関係の部分とは対照的に脳裏に鮮明に映像が浮かびました。
    胡兰成に弄ばれていた様子は十分に伝わってきます。この男性がろくでもない人ということも…。
    张爱玲は自尊心が極めて強かった、というのは小説からはよくわからなかったので意外でした。娘の奨学金用のお金を賭博に使ってしまう母と、母への借りを返さねばと思っている娘の親子感情もいまいちわからないまま読書を諦めることとなりました。
    私も何故タイトルが小团圆なのか解せませんでした。自分が大嫌いだった人への恨み辛みを暴露する小説だったのですね。改めて、文学作品を理解するのに最低限の背景知識が必要なことを痛感した本でした。
    ねずみのチュー太郎さんのコメントを拝見して、张爱玲の他の作品を読みたい気持ちが強まりました。
    いつも色々教えてくださってありがとうございます。今後ともよろしくお願いします(^^)